人前が苦手だった私が、自分の強みを見つけるまで
- Miwa Inagaki

- 4月27日
- 読了時間: 3分
あなたは、人前に出ることが得意ですか?
それとも、できれば避けたいと感じるタイプでしょうか。
かつての私は、極度の「人前が苦手な子」でした。
今振り返っても、その徹底ぶりは自分でも驚くほどです。
小学校の時、生徒会役員への立候補をクラスメイトから推薦されたことがありました。
周囲の期待を感じながらも、私はどうしても首を縦に振ることができず、クラス会の最中に顔を伏せ、泣きながら「やりたくない」と主張し続けて、なんとかその場を免れました。
高校の入学式でも、同じようなことがありました。新入生代表の挨拶を打診されたのです。
光栄なことだとは分かっていても、大勢の視線が自分に集まる光景を想像するだけで足がすくみ、私は頑なにその大役を断りました。
結局、別の男子生徒が壇上で堂々と挨拶をする姿を、私は客席から「自分には到底無理だ」と、安堵と少しの劣等感が混ざった複雑な思いで見つめていたのを覚えています。
社会人になってからも、その性質は変わりませんでした。
単なる身内だけの社内会議ですら、自分の発言順が近づくと心臓の鼓動が激しくなり、呼吸の仕方を忘れて過呼吸になってしまったこともあります。
人前に立って立派に振る舞える誰かを眩しく思う一方で、そうできない自分を責め、長い間、これらの経験を「情けない失敗」として心に閉じ込めてきました。
「日が当たらない場所」にある、確かな自信
今の私は、表舞台に立つことよりも、裏方として全体を支える「縁の下の力持ち」というポジションに、深い愛着と誇りを感じています。
時には「自分は日が当たらない場所にいるのではないか」と、ふと寂しさがよぎる瞬間もあります。
けれどそれは、自分の認識の調子が少し揺らいでいるサイン。
地道な作業を一つひとつ丁寧に積み上げ、大きなことを成し遂げるチームプレイで必ず必要なポジションだと、誇りを持ってやり遂げる。
目に見えることだけではない、たくさんの繋がりや動きを実感しながらの行動。
そんな瞬間に感じる静かな自信や、成し遂げたことへの自負心。
それこそが、今の私が「これこそが自分の強みだ」と胸を張って言い切れる宝物です。
性質を「否定の道具」にしない生き方
人間には、生まれ持った気質や性質がある程度備わっているのかもしれません。
けれど、大切なのはその性質そのものではなく、それを**「どう認識し、どう扱うか」**ということです。
「人前が苦手」という特徴を、「ダメな自分」を証明する自己否定の道具に使うのか。
それとも、「自尊心の源泉」から静かな情熱を燃やし、大きな達成に向けたチームプレイの道具に使うのか。
認識の出発点が変わるだけで、全く同じ性質が、人生を支える強力な武器へと姿を変えます。
現実はそのままに、世界の見え方を変える「認識の力」
目の前にある状況や、自分自身の性格を無理に変える必要はありません。
ただ、その考えの出発──認識の次元──をアップデートするだけで、世界は驚くほど優しく、輝きに満ちたものに変わります。
もし今、あなたがかつての私と同じように、自分の気質に苦しんだり、過去の「断ってしまった自分」を悔やんだりしているのなら。
その「苦い思い出」を、ぜひ私に聴かせていただけませんか。
あなたのその特徴こそが、誰にも真似できない最高の輝きに変わる。
その変化の瞬間を、ご一緒できれば嬉しいです。



